2023-11-10 NEWS

秀吉と温泉 その4

有馬温泉 太閤橋(兵庫県神戸市)


サウナー秀吉


現在サウナといえばフィンランド式のものが主流だが、日本にも昔から「からふろ」や「蒸し風呂」と呼ばれるサウナがあった。サウナとからふろは異なる起源を持っている。フィンランドサウナの起源は2000年以上前のフィンランド・カレリア地方。食料を貯蔵したりスモークするための部屋がいつのまにか沐浴する場所へと変わり、白夜の夏と厳しい冬の風土の中で人々の健康に欠かせないサウナへと進化した。他方、日本式の古代サウナ「からふろ」。日本の伝統的な入浴文化の一部であり、お風呂に湯を張る前に体を洗い清め、汚れを取り除くために使われる。通常、お風呂とは別の場所に設けられ、湯をかけずに体を洗うためのスペースともされる。この文化は、風呂の清潔さを重視する日本の入浴習慣の一部として長い歴史を持っており、太閤秀吉も「からふろ」を大変好んだと言われている。しかし大衆的に誰もが「からふろ」を利用できたわけではなく、「からふろ」は火事をおこす可能性があるため身分の高い人や神社仏閣でしか許されていなかった。


そんな「からふろ」を秀吉は好んだという。秀吉は有馬に訪れることで休息と健康を大切にし、からふろに浸かることでリラックスし、体力を回復させたと言われている。

ちなみに、明智光秀も温泉好き。吉田兼見が記した『兼見卿記』(かねみきょうき)と呼ばれる日記の中には「石風呂所望」とあり、「光秀が石風呂を希望したので石を焼いた」との記述が残されている。石風呂もサウナのようなものであり、焼いた石に水をかけて蒸気を発生させて入る。光秀が初めて兼見の石風呂に来たのが、11月13日。実はその10日後に、またしても光秀から石風呂に入りたいと連絡があったようだ。

秀吉と光秀、山崎の戦いで天下を奪い奪われた戦国武将。そんな彼らを癒したのは「ととのい」であったのだろうか。




からふろとインフィニティチェア(イメージ図)



<参考文献>
https://camp-fire.jp/projects/view/669373
https://www.rekishijin.com/27153
https://www.fsj-ms.com/fsj/sauna/other/mame.html

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